YOSHIGA CARDIFF

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ウェールズの交通標識


ウェールズ語戦争

生き残った言語


ウェールズ語はケルト語の仲間。今日、ケルト系の人々によって使用されている言語は2種類ある。つまりブリトン諸語(P−ケルト語:[qu]の音が[p]として発音されるため)とゴイデリック諸語(Q−ケルト語:[q]はそのまま[q]発音される)である。ブリトン諸語にはウェールズ語、コーンウォール語、フランスのブルターニュ地方のブルトン語がある。ゴイデリック諸語にはアイルランドのゲール語やスコットランドのゲール語、またマン島のマン島語がある。

ウェールズでは、イングランドとの政治的、文化的な関係から、伝統的なウェールズ支配階級は英語を使用し、英語およびイングランド文化を好む傾向にあった。そのため、ウェールズ語は一般大衆によって使用されるだけになり、政治、文化、経済、学問の諸分野では、ウェールズ語の重要性は著しく低下した。


  • ウェールズ式姓名から英語式姓名へ

    自発的に、またある時は強制により、一般ウェールズ人も、しだいに英語式の姓名を名乗るようになった。

    例:Cadwaladr ap Cadwallon ap Cadfan

    ap〜は、〜の息子の意味で、上記は「カドヴァンの息子カドワロン、その息子カドワラデル」を意味する伝統的なウェールズ人の名前。

    しかし、イングランドとの関係で、ウェールズ人支配層はイングランド化し、次第にイングランド風の名前に変えていった。すなわち、支配層のウェールズ語使用の低下が起き、ウェールズ語は一般大衆により使用された。

  • ウェールズ人の名前は、しだいに英語式姓名に変わっていった。

    例:Enoch ap Hywel ----→ Enoch Powell

    Pritchard(ap Richard), Probert, Upjohnなど。

    (cf. スコットランドでは息子は"Mac"であり、 MacArthur, MacDonaldとなる。)

    アイルランドでは息子は"Mc"と綴り、従って、McAdam, McNeil となる。

    また子孫を意味する"O'"を付けて、 O'Brien, O'Connor, O'Neilとした。

    英語では、息子"son"が使われた。Johnson, Richardson

    北欧では息子に当たる"sen"を付けて、Andersen, Hansenとなる。

  • 英語のクリスチャンネームにSを付けた

    Jones, Davies, Hughes, phillips, Roberts

    この種の名前は数が実に多い。(ウェールズ伝記辞典にはJonesは54人掲載されている。)ということで、職業や身体的特徴を付けて使用したりする。例えば次のようにである。

    Jones the Fish, Jones the Bread, Jones the Spy

    この様な名前のイングランド化に抵抗して、次のような署名をしたウェールズ人が18世紀にいたという。

    Sion ap William ap Sion ap William ap Sion ap Dafydd ap Ithel Fychan ap Cynrig ap Robert ap Iorwerth ap Rhyrid ap Iorwerth ap Madoc ap Ednawain Bendew, called after the English fashion John Jones


    裁判や行政といった公的場面でウェールズ語の使用は禁止が禁止されていた中、ウェールズ語訳聖書が完成し、それが教会で使用されるようになた。またその聖書の、いわゆる小型版聖書は、個人や一般家庭で買うことの出来る廉価版であったため、その聖書はウェールズ人にとって、読み書きの基準となた。

    産業革命の進行とともに、アイルランドやイングランドからの夥しい人口移入があった。それにともない、ウェールズ語使用率は低下した。

    ウェールズ語にたいする内なる偏見として、教育現場においてはウェールズ語を喋った生徒にたいし罰が行われたことさえある。


  • ウェールズ語使用率

    1801年80%以上
    1851年67%
    1891年50%以上
    1911年40%
    1931年36%
    1951年28%
    1960年代20%
    1981年若干の上昇
    1991年の国勢調査では508,098(3歳以上の人口の18.6%がウェールズ語を話すことができるという結果になった。


    ウェールズ語保存・擁護運動

  • 1922年ウェールズ青年連盟が設立された。

    ウェールズ青年連盟は、ボーイスカウトと同様の組織であるが、そこではウェールズ語の使用が義務づけられている。サマーキャンプや、吟唱詩人大会を行う。

  • 学校教育の成果:初等中等教育におけるウェールズ語のカリキュラム化

    1981年をベースにすると、1991年には3〜15歳までのウェールズ語を話す人口は22.8%増加した。

  • ウェールズ語の公用語化

    Legal Status of the Welsh Language(1965)や、the Welsh Language Act(1967)により、ウェールズ語に英語と同様の効力を持たせた。道路標識や公文書は2ヶ国語表記となった。

  • ウェールズ語放送TV局の開設

    1982年11月1日、 S4C(Sianel Pedwar Cymru) というウェールズ語TV放送局が開局された。またBBC Wales, HTV Walesもウェールズ語放送を始めた。


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