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ニトロニルニトロキシド誘導体の新しい合成法の開発による新規開殻π電子系の創成

対になっていない電子(不対電子)をもつ分子は「開殻分子(ラジカル)」とよばれ、一般に高い反応性を示します。そのなかでも、ニトロニルニトロキシドラジカルは比較的高い安定性をもち、分子磁性や電子伝導などの観点から世界中で研究されてきました。実際に、ニトロニルニトロキシド骨格をもつ化合物のなかには、有機分子磁石や、磁場をかけると電気抵抗が低下する負の磁気抵抗を示すものも知られています。ニトロニルニトロキシド誘導体は従来、アルデヒドとヒドロキシルアミン誘導体との縮合反応に続いて酸化する、1970年頃に報告された方法によって合成されてきました。しかし、この方法では目的物を得るまでに複数の反応工程が必要となるうえ、特異な電子・磁気特性が期待されるπ電子系分子にニトロニルニトロキシド部位を導入することが難しい場合があります。

私たちは、こうした課題を克服するため、合成の最終段階でニトロニルニトロキシド部位を直接導入する新しい手法を開発しています。具体的には、無置換ニトロニルニトロキシドから生成するアニオン種を合成パーツとして求電子剤と反応させる方法、そのアニオン種を有機金属型ニトロニルニトロキシドへ変換する方法、さらに遷移金属触媒を用いたカップリング反応によってニトロニルニトロキシド部位をπ電子系へ導入する方法を実現しました。これらの手法により、従来法では合成が難しかった多様なニトロニルニトロキシド–π電子系誘導体を、より直接的に合成することが可能になりました。

安定基底多重項π電子系分子の創成


基底状態で二つ以上の不対電子をもつ分子は「基底多重項分子」とよばれます。分子内に複数の不対電子が存在すると、それらのスピンの向きを平行または反平行にそろえようとする交換相互作用がはたらきます。なかでも、スピンを平行にそろえる強磁性的相互作用を大きくすることは、高いスピン状態をもつ分子を設計するうえで重要です。基底多重項分子では、高いスピン状態を保ったまま分子全体を安定化することが難しくなります。特に、不対電子間に大きな交換相互作用を生じさせることと、空気中や溶液中における化学的安定性を両立させることは、分子設計上の大きな課題です。

私たちは、独自に開発したニトロニルニトロキシド誘導体の合成法や、安定なラジカルカチオン状態を形成するπ電子系を活用し、空気中でも取り扱うことのできる基底多重項分子を開発してきました。これらの分子は、分子内に大きな強磁性的な交換相互作用定数(J)をもちながら、空気中だけでなく、一般に分解が進みやすい溶液状態においても長期間安定に存在します。高いスピン状態と優れた化学的安定性を兼ね備えた分子の実現は、スピンの性質を顕著に引き出した新しい機能性材料の開発につながると期待されます。


不対電子を複数もつ開殻π電子系分子の機能開拓

複数の不対電子をもつ開殻π電子系分子では、これらのスピン間にはたらく相互作用を利用することで、閉殻分子にはない磁気・電子機能の発現が期待されます。私たちは、独自に開発した安定な基底多重項分子を基盤として、新しい分子磁性体の構築と、外部刺激によるスピン状態の制御に取り組んでいます。

私たちが開発した安定な基底多重項分子は、空気中で取り扱うことができ、さまざまな固体物性測定に適用できます。これまでに、これらの分子がフェリ磁性体や弱強磁性体へ相転移することを明らかにしました。この結果から、開殻π電子系分子そのものの性質だけでなく、対イオンの種類や、それによって形成される固体中の分子配列が、分子集合体の磁気機能に重要な役割を果たすことを見いだしました。

また、複数の開殻π電子系ユニットを電子ドナー分子に連結することで、酸化還元に応答してスピン状態が変化するスピンスイッチングシステムを構築しました。ある分子では、酸化還元によって分子内の交換相互作用定数(J)の符号が反転し、不対電子のスピンを平行にそろえようとする相互作用と、反平行にそろえようとする相互作用とを切り替えられることを示しました。さらに、中性状態と酸化状態のいずれにおいても基底多重項状態を形成する分子を実現しました。このような酸化還元に伴うスピン状態の変換は、有機開殻分子系における初めての観測例です。

これらの成果は、酸化還元を利用して分子の磁気的性質を制御する、新しい分子スイッチや機能性スピン材料の設計につながるものです。


液状化可能なラジカルイオンの創成と機能開拓

ラジカルイオンは、不対電子と電荷をあわせもつ特徴的な電子系です。私たちは、安定なラジカルイオンと対イオンの組み合わせを工夫することで、加熱しても分解することなく液体へと変化するラジカルイオン塩を開発しています。これらの物質は、融解後に温度を下げてもすぐには固体へ戻らず、室温付近まで液体状態を保つことがあります。このような過冷却状態を利用することで、同じ温度でも、それまでに受けた熱の履歴に応じて異なる状態や物性を示す材料を実現できます。

固体から液体への変化は、単に物質の形状を変えるだけではありません。固体状態では、二つのラジカルイオンが多中心結合性のπダイマーを形成し、不対電子のスピンを互いに打ち消し合います。一方、液体状態では、この結合が解離して主に単量体として存在するようになります。この分子の会合状態の変化に伴って、色、近赤外吸収および磁気的性質が大きく変化します。例えば、固体状態では透過しない近赤外光が、液体状態では透過するラジカルイオン塩を見いだしました。可視光の下ではどちらの状態も濃く着色して見えますが、近赤外光を用いると液体状態だけを透かして背後の情報を読み取ることができます。また、別のラジカルイオン塩では、温度を下げる過程で、常磁性液体、常磁性固体、非磁性固体という三つの状態が順次現れます。中間の常磁性固体に局所的な力学刺激を加えると、刺激した位置から非磁性状態への変化が広がる特徴的な現象も観測しています。私たちは、これらのラジカルカチオン系に加えて、ラジカルアニオン系についても研究を展開しています。液状化や固液相転移を利用して、多中心結合の形成と解離、不対電子のスピン、光吸収などを制御する本研究は、熱や力学刺激に応答して情報を記録・変換する新しい開殻分子材料の設計につながります。


液状化可能な金(I)錯体塩を用いた発光制御

金(I)錯体の発光特性は、個々の分子の構造だけでなく、分子が集合したときの配列や分子間相互作用によって大きく変化します。私たちは、加熱によって分解せずに融解する金(I)錯体塩を開発し、液体状態から形成される多様な分子集合構造を利用した発光制御に取り組んでいます。

液体状態を経て作製したある金(I)錯体塩の固体は、紫外光を照射してもごく弱いオレンジ色の発光しか示しません。ところが、この固体に針先で弱い刺激を加えると、非常に強い青紫色の発光を示す状態へと変化します。この発光変化は刺激を与えた部分にとどまらず、固体全体へきわめて速く、広範囲に伝わります。局所的な力学刺激をきっかけとして、分子の集合状態が固体全体で変化する興味深い現象です。

また、異なる配位子をもつ金(I)錯体塩では、照射する紫外光の波長を変えることで、青紫色から紫色、オレンジ色、赤色まで発光色が変化することを見いだしました。

これらの錯体塩は、液体状態を利用してさまざまな形状に加工できるという利点もあります。液状化、熱履歴、力学刺激および光を組み合わせて分子の集合状態と発光を制御することで、刺激を検出・伝達する発光材料や、加工性に優れた光機能材料への展開が期待されます。