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トリオキソトリアンギュレンを基盤とする新規安定有機中性ラジカルの設計・合成研究

トリオキソトリアンギュレン(TOT)は3つのベンゼン環を三角形に集合化した炭素骨格(トリアンギュレン)に3つの酸素官能基(オキソ)を配した分子です。この分子は1つの電子が電子対を作れない「中性ラジカル」と呼ばれる分子です。通常の中性ラジカルは極めて不安定ですぐに分解するため取り扱うことができませんが、TOT中性ラジカルは高温、大気下でも極めて高い安定性をもちます(Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018)。当研究室では、このTOTを基盤としてさまざまな化学修飾を施した新規安定有機中性ラジカルの設計・合成研究を行なっています。例えば、TOT骨格の周りにいろいろな置換基や機能性骨格を連結したり(Chem. Lett. 2020, 他)、π共役系を拡張したもの(Asian J. Org. Chem. 2025)、骨格内部にヘテロ原子を組み込んだものなどを設計・合成し、その物性 や機能について研究しています。これらは下記するような様々な新奇物性や機能性探索の種となるものです。

縮合多環型開殻π共役分子に基づく導電性有機結晶の研究

TOT中性ラジカルの大きな特徴の一つは、分子同士がπ-π相互作用を介した電子スピン間相互作用により積層し、一次元カラム構造を構築することです。この強い分子間相互作用に基づいてTOTは固体状態で1000 nmを超える近赤外領域の光を吸収することができます(npj Quantum Mater. 2017)。


TOTの一次元カラム構造は電子の移動経路としても機能します。そのため、TOT中性ラジカルは結晶あるいは薄膜状態で有機単一成分としては極めて高い電気伝導度を示します(室温伝導度=10–3〜10–1 Scm–1, ACS Omega 2019)。さらに、一次元カラム中で中性ラジカルとモノアニオン種が共存した「混合原子価塩」では電気伝導性が飛躍的に向上し、最大で室温伝導度が~100 Scm–1に達します(Commun. Chem. 2018)。我々は、TOT骨格を修飾したり対成分を変えることで、電気伝導性ともう一つ別の機能を組み合わせた複合物性の開拓を行なっています。


多電子授受能をもつ高容量有機正極活物質を用いた高性能リチウムイオン電池の開発

現在、スマートフォンや電気自動車で利用されているリチウムイオン電池はコバルトなどの希少金属を含む正極を用いており、そのことに起因する資源量・価格や発火などの安全性が問題になっています。その代替材料としてTOTに置き換えることで、資源問題、コスト、安全性、環境負荷といった様々な問題を解決できる高性能なリチウムイオン電池を開発できる可能性があります。 TOTはフロンティア分子起動の縮重により、中性ラジカルからモノアニオンを経て、ラジカルテトラアニオンに至る4段階4電子関与の多段階酸化還元能をもちます。このことは1つの分子で4つの電子を授受できることを意味しています。我々はこのような特徴に着目し、TOTを正極活物質として用いた高容量リチウムイオン電池の開発を行なっています(Nat. Mater. 2011)。

我々はリチウムイオン電池に用いるTOTの設計・合成だけでなく、例えばカーボンナノチューブと複合化したり(ChemSusChem 2021)、真空蒸着膜をそのまま正極に用いるなど(ACS Appl. Energy Mater. 2022)、TOTの特性をフル活用した斬新な構造をもつ有機リチウムイオン電池の提唱と実践についても研究しています。この研究は、カネカやトヨタ自動車といったそれぞれに高度な技術をもつ企業との協働研究で実施しています。


トリオキソトリアンギュレンの集合体の構築と機能探索

TOTは様々な化学修飾が可能であり、そのことを利用して直接あるいはπ共役系を介してTOT同士を連結する誘導体の設計・合成を行なっています。これらにおいて、結合の仕方を変えることでTOT骨格同士のスピン間相互作用が変化するなど興味深い性質を見出しています(ChemPlusChem, 2019, Chem. Lett. 2024)。さらに、TOTを二つ、三つと連結し、大環状構造をもつものなど様々なものの設計・合成を行い、その機能性を明らかにしています。

また、例えば配位結合により金属イオンを介して連結した多次元ネットワーク構造(いわゆる金属–有機構造体(MOF))を構築したり(Int. J. Mol. Sci. 2020)、シロキサン結合を介して連結した大比表面積の多孔質ポリマーの合成に成功しています(Chem. Eur. J. 2022)。これらは有機リチウムイオン電池の正極活物質として良好な性能を示しています。


水系有機レドックスフロー電池に用いる有機活物質の開拓

レドックスフロー電池とは、移動用のリチウムイオン電池とは異なり、大型・大容量化に適した定置型の蓄電池で、再生可能エネルギーの普及拡大の切り札として国内外で注目されています。現在主流のレドックスフロー電池は重金属であるバナジウムイオンを活物質としており、やはり資源量やその偏在性、環境毒性などの問題があります。
我々はその代替材料として有機活物質を利用することを考えました。そこで、水系有機レドックスフロー電池の活物質として適した分子として、高い水溶性をもち、長時間の繰り返し充放電でも分解しない耐久性をもつ有機分子の設計・合成を行なっています。これまでに、ベンゾキノン骨格にイミダゾール環を縮環させた分子(Chem. Commun. 2024)や非対称な位置に置換基をもたせたアントラキノン誘導体(ACS Appl. Energy Mater. 2026)の設計・合成を行なっています。この研究は、三菱重工業や住友精化といったそれぞれに高度な技術をもつ企業との協働研究で実施しています。


自己集合能をもつ電子ドナー分子による水素結合型導電性電荷移動錯体の開発

通常、生体物質やプラスチックなどに代表される有機物は絶縁体であり、全く電気を流しません。しかし、有機物も特定の結晶構造・電子状態に導くことで金属のように電気を流すことができます。2000年にノーベル化学賞の対象になった導電性プラスチックの研究はその代表例です(白川英樹博士 他)。電荷移動錯体とはもう一つの形の有機導電体です。電子ドナー・アクセプターという2成分からなる分子性錯体であり、テトラチアフルバレン(TTF)–テトラシアノキノジメタン(TCNQ)からなる電荷移動錯体において、1973年に初めての分子性金属が達成されました。その後、超伝導性を示すものが実現されるなど、様々な構成分子が設計・合成され多くの興味深い物性・機能が開拓されてきました。
水素結合は高い方向性と分子認識能をもつ分子間相互作用であり、身近なところでは水の特異な性質など、生体内ではDNAの核酸塩基対やタンパク質の三次元構造の構築などで重要な役割を果たしています。過去には結晶構造の制御を目的として、水素結合を電荷移動錯体に導入した例が多く報告されています。さらに、電荷移動錯体中で水素結合を介したプロトン(水素イオン)の移動と電荷移動が連動させることで複数の電子状態が協奏する興味深い物質系が構築できると考えられます(プロトン–電子連動系(PET))。
このような観点から、我々は電子ドナーであるTTFに核酸塩基やイミダゾールといった水素結合部位を連結・縮環した分子を設計・合成しています(Bull. Chem. Soc. Jpn. 2013, 有機合成化学協会誌, 2019)。これまでに金属的な導電物性を示す錯体の合成に成功しており、その研究において水素結合が構造だけでなく電子状態を制御するのに役立っていることを明らかにしています。また、水素結合部位をもつπ共役系対カチオンを用いたTCNQ錯体の研究も行なっています。